『こんとあき』が思い出させてくれた、絵本の力
後半には、参加者推薦としてOさんから、林明子さんの絵本『こんとあき』が紹介されました。
少女あきと、きつねのぬいぐるみ「こん」が、古くなったこんの腕を直してもらうため、おばあちゃんのもとへ旅をする物語です。
『日本のために』『武士道』『夏帆』と、大人の本についてずっと考えてきたあとだったこともあり、『こんとあき』は参加者にも好評でした。
Oさんがこの本を買ったきっかけは、作者・林明子さんの訃報だったそうです。
新聞記事を読み、林さんが練馬区にある「いわさきちひろ美術館」を訪れていたことを知ります。Oさん自身も、いわさきちひろのファンではなかったものの、その美術館を訪れたことがありました。
そんな小さな縁から『こんとあき』を読んでみると、遠ざかっていた絵本の世界に、久しぶりに引き込まれていったといいます。
そして、この物語にはOさん自身の記憶と重なるところもありました。
Oさんは、主人公あきが赤ちゃんの頃からずっと一緒にいる「こん」のぬいぐるみを見て、自分の二人の娘さんにも、将来生まれたときに備えてぬいぐるみを買っておいたことを思い出したそうです。
物語の中で、こんはあきの保護者のような存在です。
旅の途中でさまざまな出来事が起こっても、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
と言って、あきを安心させます。
ところが、旅が進むにつれて、その関係が少しずつ変わっていきます。
電車でこんが座席に挟まれてしまう。犬に連れ去られてしまう。そして砂丘では、砂に埋もれてしまったこんを、今度はあきが必死になって探し出す。
守られていたあきが、いつの間にか、こんを守る側になっている。
Oさんはそこに、旅を通して成長していくあきの姿を読み取りました。
最後には、おばあちゃんの家にたどり着き、いつの間にか、あきはこんの「保護者」になっている。
思想を言葉で説明するのではなく、絵と短い言葉の中に、不安、旅、安心、そして子どもの成長を込めていく。
Oさんはこの作品を、
「何十年も前の絵本なのに全く色あせない。私にとって何度でも読み返したくなる心温まる物語」
と紹介しました。
『日本のために』『武士道』『夏帆』とリアルで厳しく国とそこに属する個人の有り様を考える本が続いたあとに一冊の絵本を囲んだことで、絵本という表現が持つ力を、改めて感じる時間になりました。
80歳を超えて、「どう生きるか」ではなく「どう死ぬか」
そして最後には、植西聰さんから、出版社から新たな執筆依頼が来ているという話がありました。
テーマは、特に80歳以上の読者を意識した、
「どう死ぬか」「死への覚悟」。
そこから、現在の高齢者向け出版についての話にも広がりました。
「老害と言われても好きに生きる」「年齢を気にせず前向きに生きる」といった、明るく元気なメッセージを掲げる本が支持されています。
もちろん、それも大切なことでしょう。
しかし一方で、80歳、90歳という年齢になれば、「これからどう生きるか」だけではなく、「どう死ぬか」を考えることも、ごく自然なことなのではないか。
静かに枯れていくように死ぬこと。
死を恐れるだけではなく、どう受け入れ、どう覚悟していくのか。
そうしたことを正面から考える本があってもよいのではないか、という話になりました。
そして現在、「本を買って読む」という習慣を強く持っているのも、80代以上の世代ではないか。
人生の終盤に差しかかった読者が本当に読みたいものは何なのか。
長く出版に関わってきた人たちが集まる読書ミーティングらしい話になりました。
人生の始まりと終わりに、本ができること
振り返ってみれば、この日の後半には、不思議な二冊の本が並んだことになります。
一冊は、幼い少女が旅をし、守られる存在から誰かを守る存在へと成長していく『こんとあき』。
そしてもう一冊は、まだ書かれてはいないけれど、人生の終わりに近づいた人が「どう死ぬか」を考える本。
人生の始まりに近いところにいる人に向けた本と、人生の終わりを意識する人に向けた本。
絵本は、子どもに「成長すること」を教えるためだけにあるのではない。
高齢者向けの本も、「いつまでも元気に生きること」を励ますためだけにあるのではない。
人が生まれ、成長し、老い、いつか死んでいく。
その長い時間の、それぞれの場所に寄り添うことができる。
それもまた、本が持っている力なのかもしれません。


