終活・断捨離をいったん手放し、死と生き方をもう一度考え直す
今回のベストセラー・ノンフィクションでは、
『大河の一滴 最終章』(五木寛之)を取り上げます。
桜が散っていきますね。
散りゆく桜は美しい。
僕は子どもの頃から、満開よりも、散っていく桜に惹かれてきました。
咲き誇っていたものが、静かに終わっていく。
その「終わり方」に、美しさを感じるのだと思います。
冬の冷たい空気が緩み、春が近づくと、つぼみが膨らみ、芽吹き、花が開く。
人はその下に集い、心を癒やされ、そして酔う。
やがて満開を迎え、その日を境に、桜は下り坂を辿っていく。
かつて「人生の下り坂」を語り、ベストセラーとなったのが、
五木寛之が62歳で書いた『大河の一滴』(1998年)です。
人類の悠久の歩みを大河になぞらえ、
私たち一人ひとりは、その一滴にすぎない。
この世に生を受け、それぞれの人生を生きたのち、
私たちは再び、その大河へと戻っていく。
そこには、余生と運命を静かに受け入れる「諦念」がありました。
それは「終活」や「断捨離」といった言葉とともに、
多くの人に受け入れられていきました。
僕自身も、この考えに共鳴し、
散りゆく桜の美しさと重ねて見ていました。
それから28年。
五木寛之は喉頭がんを経験し、死を垣間見ます。
そして90歳を超えた今、考えを変えました。
「一日でも長く生きたい」
終戦直後、満州からの引き揚げの中で、
若くして命を落とした母の分も、生きたいと語っています。
平成の『大河の一滴』にあった美しさが、
静かに消えていく透明な美だとすれば、
令和の『最終章』にある美しさは、
散りゆく花びらが舞う、彩りの美しさなのかもしれません。

